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派遣生徒の感想

最終更新日: 20180927

2年男子生徒

 8月4日から6日までの三日間、広島派遣の一人として貴重な経験をさせていただきました。特に印象に残ったのは、「青少年平和の集い」に関してです。
 初めに聞いたのは被爆者の体験談でした。その体験談の中で壊れたブロック塀に落書きのように書かれた「家はなくなった。だが、ありがたい。まだ土地がある。」という言葉に励まされたと話されていました。絶望のどん底にいたときに、この言葉によってかすかな希望が見えたといいます。前向きな言葉は、どんな環境に置かれていても、人の心を揺り動かす力があるのかもしれないと、ぼくは思いました。
 体験談のあと、僕たちは、班になり6人でディスカッションをしました。ディスカッションの内容は「平和とは何か」、「それをどのように伝えるか」でぼくたちは2つのことについて考えました。
 「平和とは何か」
 三食食べられること、住む家があること、そして、「平和」について考えることができることが「平和」なのではないか、という考えに至りました。「平和」について考えてみると、実は、日常のささいなことでも「平和」と感じる場面がたくさんあります。
 そして、この「平和」をどのように伝えたらよいか話し合いました。一度にたくさん人に伝えることができるのは、携帯のアプリ、インターネット、SNS等を利用したら良いのではないかという意見がたくさん出ました。
 そこで、一人一人に伝える方法として、生の言葉をつなげていくことができる平和のチェーンメールを伝えていけば良いと思います。まず、この集いに参加した人たちが家族や友達に伝えます。伝わった人たちが、その家族や友達に伝え、次第に拡散され、平和のチェーンメールは世界へ広がっていくと思います。
 言葉には力があります。被爆後の壁に書かれた言葉のように、ぼくたちは、自分たちができるところから始めなくてはならないと実感しました。
 そして、ぼくたちは、平和記念式典で内閣総理大臣の言葉や広島市長の平和宣言を直接聞くことができました。平和宣言を聞いたときに、広島の人々は、他のどの県よりも戦後の悲惨さや平和の尊さに対する思いが、戦後からずっと受け継がれてきたことを知りました。
 ぼくは、この三日間を通して、戦争を過ぎ去った過去と捉えず、広島や長崎以外の人々にも知っておくべき重要なことだと、この体験で学ぶことができました。

1年男子生徒

 ぼくが今回、広島派遣研修に参加しようと考えたのは、小学校の社会科で習った原爆ドームを自分の目で見たいと思ったからです。被爆者の人の話を聞き、当時の街の様子や戦争の恐ろしさを知りたいと思いました。
 8月5日、原爆ドームに行きました。原爆ドームはもともとは、広島産業奨励館という建物でした。原爆ドームの近くに、破壊される前の写真も展示されていました。一発の核爆弾で美しい建物がめちゃめちゃに破壊されたことを知り、ぼくはぞっとしました。
 午後からは広島市役所で「ヒロシマ青少年平和の集い」に参加しました。中学生が中心でしたが、リーダーとして班に一人ずつ高校生が入りました。核爆弾をなくすためにはどうすればよいか、班ごとで話し合いました。ぼくの班では、「SNSで若い世代を中心に核爆弾の現状を知ってもらう」、「戦争が始まる前に戦争の恐ろしさ、平和の大切さに気づくよう、世界中に呼びかける」などを考えました。他の班では「人はとても便利なものを作れますが、とても怖い凶器も作ることができます」と話していました。平和の集いでは、日本中から集まってきた中学生と話し、いろいろな意見が聞けてよい勉強になりました。
 夕方は、平和記念資料館へ行きました。そこで見たものはとても衝撃的でした。核爆弾で壊された広島の町並みの模型、一瞬で破壊された広島の風景、熱風のせいで全身大やけどの人、焼けただれて血まみれになった腕、肉が垂れ下がり倒れてしまった人の写真。なんと言えばよいかわからないほど痛々しくて、辛い気持ちになりました。核爆弾は熱風以外にも放射線で人を苦しめます。放射線が混じった黒い雨を飲んだ人や少しでも雨に打たれた人は、現在でも原爆症という病気に悩まされています。他にも、核爆弾の模型や8時15分で止まっている時計、血が大量にしみこんでいるワンピースなどが展示されていました。そこで、あらためて核爆弾の破壊力や戦争の残酷さを知ることができました。
 展示品には、中学生が着ていた服もありました。火事に備えて建物を壊すなど、戦争の手伝いをしていたそうです。血まみれでぼろぼろでした。ぼくは、とても怖くなりました。
 三日目は8月6日で、広島の原爆記念日です。亡くなった人々の魂を慰めるため、ぼくたちは平和記念式典に参加しました。内閣総理大臣などとても多くの人が集まっていて、みんなで祈りを捧げました。
 広島派遣への参加は、ぼくにとって貴重な体験になりました。核兵器の恐ろしさを知り、二度と使われてはならないと思います。日本は核爆弾の恐ろしさや残酷さを、廃絶されるまで伝え続けるべきだと思います。戦争をなくすため、今、自分ができることを自分なりに頑張りたいと思っています。

1年女子生徒

 8月4日、私達は広島へ着きました。広島と聞くと原爆で真っ黒となった事しか知らなかった私は、73年の年月が経ち広島がとても綺麗で明るい街となっていることに驚きました。緑が沢山あり73年前に原爆が投下されたとは思えない景色でした。
 8月5日、私達は原爆前からあったと言われる路面電車を乗り継ぎ原爆ドームへ行きました。原爆ドームは焼け跡が残っていました。原爆ドームで使われていたレンガや石、銅板などがドームの中で散乱していました。その光景は原爆を物語っているように思えました。
 原爆ドームの次に「ヒロシマ青年平和の集い」へ参加しました。被爆者の瀬越さんの話しを聞くと1942年から小学校が国民学校と言われ、月曜日から土曜日まで授業があったことを知り、瀬越さんは東京から広島へ疎開したと言っていました。瀬越さんは虐げられ食糧不足に悩まされたこと、そして8月6日は午前7時過ぎから警戒警報が出ていたことを教えて下さいました。その時、瀬越さんは爆心地から2キロメートル離れた自宅で食事をしていました。その時、一瞬もの凄い光がして、揺れ始めたと言っていました。瓦などが落ちお母さんは血でドロドロになり、外に出ると、「痛い、苦しい、水」と言って腕の皮が剥がれたまま歩いていたようです。ドブの水を飲み亡くなる人がいたり、その死体を焼く匂いはとても臭かったりと、その体験した事を考えると鳥肌が立ちました。そして私は、そこにいなくて良かったと考えていました。私は命が軽く扱われたのかと惜しくなりました。広島に居た方はその時、約35万人だったようですが、原爆で約14万人の命が奪われたと言われています。建物が壊れ、ガラスが刺さっている人が歩く、また、その一瞬の間で座っていた兵隊さんが消えた後が残った階段、その跡を見ると非常に熱かった事が分かりました。
 平和の集いでは、ディスカッションを行い、そこでは、違う県で知らない人と意見を交換し合いました。まず最初に「自分が平和だと思える時」について考えました。私が考えた平和と感じる時は、家に帰ると「おかえり」と言われる時です。その他の人は、散歩している時や寝る時等と言っていました。その次に「平和をどのように伝えるか」について考え、始めは歌を作る、ウェブを使うなどと意見が出ましたが、私が言った言葉で意見がまとまりました。私は、被爆者などの証言をもとに小説を書いたり、スマホのアプリである「チャット形小説アプリ」を使い自分達の得意分野で広めればよいのではないかと提案しました。その意見が通り今では実現するため話し合っています。私達のグループは私以外受験生のため、私を中心に小説を作る準備を進めています。必ず実現させて、平和を感じてもらいたいです。
 広島平和記念資料館では、8時15分で止まった時計や血のついたワンピース、黒く焦げた自転車等が展示されています。どんな気持ちで寄贈されたのか考えると胸が締め付けられました。貞子さんの祈り鶴は小さく、その一つ一つに思いが込められているように思えました。今となっては助けられずとも2度と戦争を起こさなければ願いは伝わると思いました。平和記念式典に参加した私は、あまり耳にしない言葉が次々に入っていきました。1番多く耳にした言葉は「核兵器」でした。核兵器により亡くなった方々は少なくないはずです。核兵器をこの世から無くすため今以上の呼びかけが必要だと思います。
 広島への中学生派遣研修に参加し、今まで以上に戦争について考えようと思いました。また、人と協力し、私達の力で戦争のことを広めて行きたいと考えています。

1年女子生徒

 私は、原爆ドームを見て唖然としました。
 平成30年(2018年)8月4日から8月6日に、広島への中学生派遣研修に参加しました。8月5日に行った原爆ドームでは、別の世界へ行ったのかと思うほど残酷なもので、かつ悲惨なものでした。次に、「ヒロシマ青少年平和への集い」に参加し、テーマ「平和をどのように伝えるか」について、グループディスカッションをしました。私は、平和とは自然に笑顔になれること、人も自分も幸せであること、夢や希望をもてる未来があること、この3つだと思いました。被爆した方からのお話も聞くことができました。このように、お話してくれる方々もつらいあの日のことを話してくださり、そのお話を聞いて、まだ、1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分に起きた事を知らない人達や次の世代に伝えていかなければ、世界は、核兵器がなくならず平和にならないと思いました。次に行った平和記念資料館では、生々しい写真やいろいろな遺品を見学して被爆した方からのお話よりもさらに核兵器の恐ろしさ、力の大きさを知りました。
 8月6日は、広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式に出席しました。この式典に出席して思ったことは、何の罪もない多くの方々が1つの核兵器によってきのこ雲の下で亡くなられて今もなお見つかっていない人がたくさんいて、核兵器を、無くしていかなければ、世界中の人々が安心・安全なくらしをすることはできないと私は思いました。
 最後に、8月6日に起こったことをどのように伝えていけば良いか。それは、
 「方法を考え、伝え、行動をおこす」
 この3つが今後の社会で必要な事だと考えました。平成最後の夏、忘れられない夏となりました。貴重な体験をさせていただきありがとうございました。

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