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銚子の文化遺産【考古資料】

金銅経筒[こんどうきょうづつ](建長四年在銘)

【指定区分】県指定有形文化財 考古資料
【所在地】銚子市岡野台町2-473 【所有者】等覚寺 【公開状況】非公開

金銅経筒 経筒とは、仏教経典を埋納する容器として作られたもので、この経筒は金銅製で高さ17.1センチメートル、直径9.0センチメートルの円筒形をしています。経筒の蓋は、平蓋[ひらぶた]でその表面に蓮の葉の意匠を線刻し、縁に三個の小孔を設けて筒身の突起にはめ込みつないでいます。
 筒の表面は、全体に緑青[りょくしょう]でおおわれ、銘文を刻した部分は緑青の下に鍍金[ときん]がよく残っており、のびやかな書体で四行にわたり銘文が刻まれています。この銘文によると、建長4年(1252年)2月5日に平胤方が亡き母親の供養のために如法[にょほう]に書写した写経を経筒に収めて埋納したことが記されています。
 胤方は海上[うなかみ]氏を称し、鎌倉時代からこの地方を治めていた地方領主であり、市内常世田[とこよだ]常灯寺木造薬師如来坐像(国指定重要文化財)の胎内にある仁治4年(1243年)の修理時の墨書銘にみることができます。
 この経筒は、昭和16年頃、等覚寺[とうかくじ]高見倉[たかみくら]で開墾中、タブノキの根もとから発見されました。
 県内の経筒出土例は極めて少なく、この経筒のように形態をほぼ完形に近く、銘文には、埋納者や趣意、紀年銘が明記されていることから、貴重な遺品といえます。
  (銘文)
   如法経
   奉為悲母禅尼也
   建長四年壬子二月五日
     施主 平胤方


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